鎌倉もののふ風土記-鎌倉の動植物
鎌倉の自然環境
鎌倉は変化に富んだ自然環境に恵まれ、水源の森から川、海にいたる自然のつながりが残されています。
丘陵にひだのように刻まれた谷間の空間「谷戸」は典型的な地形で、狭い面積のなかにも多様な環境があり、多様な動植物の生息場所となっています。
昭和30年代からの高度経済成長期には宅地開発が進行しましたが、鎌倉の三方を囲む丘陵の緑は古都保存法などにより保全されています。
東京都の高尾山付近から三浦半島の南端までつながる「緑の回廊」の一部ともなっています。
谷戸底の平地は早くから開発が進み、いまも谷戸の自然が一体的にまとまった面積で残るのは広町緑地・台峯緑地・常盤山緑地など数えるほどです。
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森林の自然環境
海に面し温暖な鎌倉はシイ・タブ林帯、すなわち照葉樹林帯に属しています。
中世、鎌倉が政権都市となるとシイ・タブ林は切り払われ、クロマツの生える「松の都」となりました。
将軍の屋敷にはサクラ・ウメなどの園芸植物、禅寺の庭にはビャクシンなどの仏教植物が植えられました。
武家政権が終焉を迎えると、村の暮らしを支える雑木林、すなわち里山が主流となりました。
しかし近代化とともに炭や薪は使われなくなり山の手入れが放棄され、木々の生い茂る暗い森も増えています。
明るい林では、コナラ・クヌギ・ヤマザクラ・イヌシデなどの落葉広葉樹が生えています。
鎌倉市の木「ヤマザクラ」は、花とともに赤い新芽がでるヤマザクラ、緑の新芽が出るオオシマザクラの総称です。
林底では、春には薄紫色のタチツボスミレなどが咲きます。
定期的に草刈りのされる山すその斜面は植物の種類が豊富で、秋には薄紫色のヤマハッカやツリガネニンジン、赤いワレモコウなどの野草が花開きます。
雑木林の林緑では、早春、キブシが釣鐘形の淡黄色の花を、5月にはミズキやマルバウツギが白い花を咲かせ、秋にはハゼの葉が赤く色づきます。
暗い森では常緑広葉樹が多く、植生は単調となります。
葉の裏側に鈍い金色の毛が生え、ドングリが食用となるスダジイや、幹が太く成長すると「こぶ」や「うろ」が見られるタブノキ・ヤブツバキのように香るヤブニッケイ・アオキ・ヤツデが多いです。
谷底には、毛に覆われた若芽がイノシシの手に似たイノデなどのシダ類が生えています。
スギやヒノキの人工林も散在します。
柱などの材を採るために植えられたものが、安価な外材の輸入の影響もあり、放置され、荒れた山林が増えています。
鎌倉の山は表土が薄く、斜面の木が成長しすぎると、重みで根ごと倒れ、山崩れを起こすことも多いです。
多様な生態系を維持し、切通など史跡保護の上でも、山の手入れが重要となっています。
切通などの湿った岩壁では、6月、薄紫で星形のケイワタバコが咲きます。
シイ林(椎) | タブ林(椨) | クロマツ(黒松) | サクラ(桜) | ウメ(梅) |
ビャクシン(柏槇) | コナラ(小楢) | クヌギ(櫟) | ヤマザクラ(山桜) | イヌシデ(犬垂) |
タチツボスミレ(立坪菫) | ヤマハッカ(山薄荷) | ツリガネニンジン(釣鐘人参) | ワレモコウ(吾亦紅) | キブシ(木五倍子) |
ミズキ(水木) | マルバウツギ(丸葉空木) | ハゼ(櫨) | スダジイ | ヤブツバキ(藪椿) |
ヤブニッケイ(藪肉桂) | アオキ(青木) | ヤツデ(八つ手) | イノデ | スギ(杉) |
ヒノキ(檜) | ケイワタバコ(毛岩煙草) |
川・池・水田・湿地の自然環境
源流域の自然はよく残されており、朝比奈切通付近の太刀洗川、天園・獅子舞の麓を流れる二階堂川などでは、スジエビの仲間やサワガニが見られます。
丘陵に降った雨が谷底からしみ出した「しぼり水」により、古来、谷戸底の平地では水田などが耕作されてきましたが、早くから開発が進み、ホタルやカエル・トンボなどのすむ水辺は貴重となっています。
鎌倉中央公園や広町緑地では、市民ボランティアにより水田が保全されています。
小川には、ホタルの幼虫の餌にもなる巻貝のカワニナ、オニヤンマのヤゴなどがいます。
湿地では、アシや7月初めに葉が半分化粧をしたように白くなるハンゲショウ、秋に金平糖のような白い花をつけるミゾソバ、赤い花の咲くツリフネソウなどが見られます。
台峯緑地、夫婦池公園には、鎌倉市内では貴重になったハンノキ林が残されています。
アメリカザリガニは昭和2年(1927年)、ウシガエルの餌としてアメリカから岩瀬の鎌倉食用蛙養殖場に20匹もちこまれたものが逃げ出し、全国に分布を広げました。
海と川とを行き来するはさみに藻のくずのような毛が生えたモクズガニは、流域全体で見られます。
鎌倉には、水源の森から川・海まで鎌倉市内にある小河川が多く、地域の住民同士が心がければ、川の環境をよくすることは大河川よりも容易です。
植物の生える川底の環境などを保全する「エコアップ」活動が、市民ボランティアなどにより進められています。
陸地の野生生物
野鳥
日本で戦後に記録された野鳥はおよそ600種で、鎌倉では250種ほどが記録されています。
スズメのように1年中見られる留鳥は45種ほどです。
繁殖のため、春に南から日本へ渡ってくるツバメなどの夏鳥は40種あまりです。
越冬するため秋に北から渡ってくるツグミなどの冬鳥が90種ほどと多く、鎌倉が海に面した温暖な気候と多様な谷戸の環境に恵まれているためと考えられます。
谷戸には狭いなかにも複雑な生息環境があり、斜面をシジュウカラなどが、谷戸底をアオジなどが利用し、水場はみんなで使う様子が見られます。
渡り鳥の中継地としても重要で、春と秋にはキビタキやエゾビタキが通過します。
森林は荒廃が進んでおり、ササやぶに巣をつくるウグイスが高密度に繁殖し、初夏にはそのウグイスの巣に托卵するホトトギスが、「特許許可局」と聞こえる声で鳴きます。
巣穴を枯れ木につくるコゲラや、大木につくるアオゲラなど、弱った木についた虫を食べるキツツキ類も増えました。
猛禽類のフクロウは、タイワンリスなども食べているようです。
社寺林などでクロジが越冬するのは注目に値します。
一方、田畑の環境とともに疎林を好むホオジロやカシラダカは減っています。
川や池では、カルガモや、魚などを食べるコサギ・カワセミ、渓流ではキセキレイも見られます。
冬には鶴岡八幡宮の源平池などにオナガガモやマガモ・コガモ・ヒドリガモなどが飛来します。
散在ヶ池ではオシドリも見られます。
海辺ではウミネコやセグロカモメが見られ、和賀江嶋の磯にキアシシギなど渡り途中のシギ・チドリ類が立ち寄ることがあります。
トビは近年、海辺などで観光客の食べものを奪う行動が常習化しています。
鎌倉市では現在、野生生物への餌づけを禁止しています。
10月上旬の晴れた日には、タカの仲間のサシバが東南アジア方面に多数渡っていきます。
サシバは餌となるネズミなどのすむ里山の環境を必要とし、国の絶滅危惧Ⅱ種(絶滅の危険が増大)、神奈川県の絶滅危険Ⅰ種(絶滅の危険に瀕している)に指定されています。
昆虫
温暖な鎌倉ではミカン科の木が多く、この葉を幼虫が食べるアゲハチョウも多いです。
武士の化身に見立ててか、黒いアゲハチョウを総称し「かまくらちょう」と呼ぶことがあります。
温暖化の影響か、ツマグロヒョウモン・ナガサキアゲハなど南方系のチョウが増えています。
森が多く残り、ミヤマクワガタなど森林性の昆虫が見られます。
虹色のハンチョウも散在ヶ池などで観察されます。
幼虫が流れのある川にすむゲンジボタル、湿地などにすむヘイケボタルは、谷戸観察の保全されたところで見られます。
池では、シオカラトンボや眼まで赤いショウジョウトンボなどが見られます。
水田の消失や側溝の改修で、アキアカネなどのトンボ類は激滅しました。
水路などの流水にいるカワトンボ、ため池にいるイトトンボなども減っています。
畑や草土手の環境が減り、エンマコオロギなども減少しています。
哺乳類
昭和30年代までキツネが、昭和40年代までアナグマが生息していたという情報がありますが、近年は見られません。
現在は、タヌキなど都市化に強い動物のほか、ハクビシン・タイワンリス・アライグマといった外来種がよく見られます。
タイワンリスは、旧江の島植物園や別荘地から逃げ野生化したとされ、樹皮の食害などが問題となっています。
外来生物法の特定外来生物に指定されており、鎌倉市では防除実施計画を策定し、餌づけを禁止しています。
開発による緑地の分断、里山環境の変化の影響か、イタチやノウサギは現在でも生息していますが、数は少ないです。
かつては数種のコウモリが生息していましたが、現在はアブラコウモリが目につくようになっています。
ネズミ類では、森林性のアカネズミや草地性のカヤネズミが生息しています。
モグラの仲間では、尾根の畑など乾燥した草地にすみ塚をつくるアズマモグラ、森林の腐葉土のなかなどにすむヒミズが見られます。
両生類
生物多様性の豊かな里山環境の指標種ともなっているニホンアカガエルやヤマアカガエルは、鎌倉中央公園の水田などで見られます。
カエルになると草地や林に移動するため安定して残る水辺や土水路・斜面林、2月ごろ産卵できる水田や湿地を必要とします。
ヒキガエルは、2月ごろ、水辺にひも状の卵を産みます。
シュレーゲルアオガエルは、水田の畦などに白い泡に包まれた卵を産み、オタマジャクシがかえると水辺に降りていきます。
ニホンアマガエルは、水辺や森林などにすみ、雨の前などに「クワックワッ」と鳴く声が聞こえます。
近年、モリアオガエルが長谷や極楽寺で確認されていますが、移入種かどうかは不明です。
かつて食用にアメリカから日本に導入されたウシガエルも各所の池で見られます。
在来種の捕食が懸念され、外来生物法により特定外来生物に指定されています。
爬虫類
トカゲ類のうち、ヤモリは北鎌倉・鎌倉地域で多く見られます。
鎌倉石の石垣が減り、隙間などにすむニホントカゲやカナヘビは減少しました。
ヘビ類では、アオダイショウ・シマヘビ・ヤマカガシ・オタマジャクシなどを食べるヒバカリ、地中や石の下に潜むジムグリが見られます。
カメ類では、クサガメ・スッポンが見られ、イシガメの記録は近年非常に少ないです。
ペットのミドリガメが放され成長したものと思われるミシシッピーアカミミガメが増えています。
魚類
海から上がってくるハゼの仲間のヨシノボリや、イナと呼ばれるボラの幼魚、アユなどが、自然のつながりの残る河口域から中流域にかけて見られます。
アユは以前見られませんでしたが、下水道整備により水質が向上し、相模川で放流されたものなどが上がってくるようです。
谷戸底の細流にはきれいな湧水を必要とし、国・神奈川県の絶滅危惧種ⅠB類(近い将来における絶滅の危険性が高い)に指定されたホトケドジョウも生息しています。
在来のメダカは野生状態では絶滅しています。
昔、佐助で捕獲され飼育されていたものが、鎌倉市役所前のビオトープなどで「鎌倉メダカ」として保護増殖されています。
池では、ドジョウ・ギンブナ・モツゴのほか、ブルーギルなどの外来種も見られます。
河口域には、ハゼの仲間のチチブなどが生息しています。
海の自然環境
鎌倉の海は、小動岬・稲村ヶ崎・和賀江嶋の磯や材木座・由比ヶ浜・七里ヶ浜の砂浜など変化に富み、生物の種類も豊富です。
岩礁
丸石を積んでつくられた鎌倉時代の港の跡・和賀江嶋は、干潮時に海上に姿を現し、磯の生き物を観察できます。
ヒライソガイ・ホンヤドカリ・イソスジエビ・ムラサキウニ・バフンウニ・マナマコ・イトマキヒトデ・アゴハゼ・マダコ・ミミイカ・アメフラシ・ミズクラゲなどのほか、長い触手を伸ばし、驚かすと管のなかに引っ込むケヤリムシや、美しい青色のアオウミウシも見られます。
岩礁にはクロフジツボやカメノテが付着しています。
アカクラゲ・アンドンクラゲ、毒のトゲをもつ赤いハオコゼやゴンズイには注意が必要です。
稲村ヶ崎も大潮の日の干潮時には磯が現れ、緑色で肉厚のミルが生える様子や、茶色いうちわのようなかたちのウミウチワ、気泡のついたホンダワラ、食用となる赤いトサカノリなど多様な海藻を観察できます。
大型で、茎の先が二又に分かれた茶色のアラメや、これに似ていますが二又にならないカジメなどが海中林を形成し、海藻の茂る「藻場」は、魚の隠れ場所や産卵場所となっています。
蛇腹状の「めかぶ」が特徴のワカメは、ゆでて食用にされます。
夏には、黒潮により運ばれたチョウチョウウオなども見られます。
砂浜
鎌倉の遠浅の砂浜は、神奈川県内でも貴重なサクラガイがすむ環境となっています。
砂から水中に出て「波乗り」をして移動する10mmほどの二枚貝・フジノハナガイは、由比ヶ浜に多いです。
巻貝では、ほかの貝に穴をあけ中身を食べるツメタガイ、20mmほどのホタルガイなどが見られます。
砂にはゴカイの仲間が潜んでいます。
潮間帯(潮の干満によって海中になったり、陸地になったりする一帯)にはガザミ類などのカニがいます。
いまでは少ないですが、アカウメガメが産卵のため上陸することもあります。
砂浜の河口域にはボラ・スズキ・クロダイなどが、やや沖合にはシロギス・イシモチなどがいます。
海岸の植物
クロマツや、光沢のある葉で塩分を洗い流すトベラなどが生えています。
7月にオレンジ色の花を咲かせるスカシユリは、近年貴重になっています。
稲村ヶ崎の岩礁では、11月ごろ黄色いイソギクやツワブキが花開きます。
葉に白い毛が多く生え、潮をはじきやすいユキヨモギは、稲村ヶ崎の個体をもとに命名されました。
飯島崎や小動岬でも、肉厚の葉で水分を守りちりめん状のしわが目立つラセイタソウなど岩礁植物が見られます。
砂地では、根を縦横に張りめぐらせ砂の移動や乾燥に耐える植物が多いです。
夏に小さな白い花をまとめてつける様子が仏具の払子に似たハマボッスや、10mmほどの丸い穂に白い花をつけるイワダレソウ、細い葉を伸ばすコウボウシバ、麦のような穂をつけるコウボウムギなどが群生します。
七里ヶ浜のハマヒルガオの群落は平成21年(2009年)の台風で壊滅的な被害を受けました。
砂の減少や観光客が踏み荒らした影響・開発などで、海岸の植物は希少になっています。
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