角田版『鎌倉四兄弟-最後の晩餐-』第四稿
原作：鎌倉智士／脚本：角田晶生
語り
「今より八百余年の昔、ここ相州の地を拓き、代々にわたり治めて来た鎌倉一族。
その長男・懐島平太郎景能、次男・大庭平三郎景親、三男・豊田平次郎景俊、四男・俣野平五郎景久。
いずれも後三年の奥州征伐にて名を馳せし祖先・鎌倉権五郎景正に恥じぬ智将・豪傑揃い。よく所領を治めて民の暮らしを安んじたため、人々は彼らを慕い『鎌倉四兄弟』と呼んだそうな。
さて、時は治承四年、八月九日。そんな鎌倉一族の惣領にして東国の後見・大庭平三郎景親の元へ、使者の参りて伝えしは、時の権力者・相国入道平清盛に対する謀叛の企み。風雲急を告げる胸騒ぎに、急ぎ京都大番役の務めより馳せ戻り、兄弟たちを呼び寄せたのであった―――」
（座敷中央に三郎が鎮座、両脇に一族郎党が控える）
香川権大夫家政（以下、香川）
「ううむ、お三方はまだか……事の火急ゆえ、京よりの道中に早馬を放ったと言うに……」
梶原平三郎景時（以下、梶原）
「家政殿、落ち着かれませ。景能殿は足がお悪く、景俊殿、景久殿は遠方よりお越し候故、今しばらくかかりましょう」
香川
「うむ、解ってはおるが……」
（太郎が右足を引きずりながら登場）
懐島平太郎景能（以下、太郎）
「おう、待たせたのぅ」
大庭平三郎景親（以下、三郎）
「太郎兄者。急のお呼び立て、恐れ入り申す」
太郎
「何の何の、惣領殿がお召しとあらば、馳せ参ぜずばなるまいて」
三郎
「勿体なきお言葉。惣領だなどと、この大庭平三郎景親、ただ家督をお預かり候まで。長幼の序こそが人倫の基にて候えば」
太郎
「よいよい。ほんの戯れじゃ。そなたは昔から堅物でかなわぬ。肩が凝らぬか」
香川
「逆に景能殿は鷹揚に過ぎ申す。なればこそ、我ら鎌倉一族の苦労が……ブツブツブツ……」
梶原
「まぁまぁ家政殿。景能殿が大らかさは民より愛され、景親殿が誠実さは民より慕われ、皆それぞれ、長所もて補い、助け合うこそ我ら鎌倉一族の強み。中でも従兄弟の我ら二人、力合わせてお支え申そう」
太郎
「左様々々。物は言いよう……いやいや、景時は良きことを申す。まぁ、立ち話も難儀じゃで、ちと座らぬか」
香川
「あいや、これは気が利かず、相済みませぬ。景時殿、床几を」
梶原
「はあ」
（用意された床几に、太郎が着座）
太郎
「やれやれ……近頃また、古傷が痛んでのぅ」
香川
「かの保元の戦では、難儀されましたな」
太郎
「うむ。かの強弓・鎮西八郎源為朝に膝を射抜かれてこのかた、馬は元より、歩くことさえ儘ならぬ。しかしあの時、三郎が助けてくれなんだら、今ごろ彼奴が鏃の錆……改めて、礼を申す」
三郎
「勿体なきお言葉。弟が兄を助くは当然。あれは太郎兄者の武運がゆえに候えば」
太郎
「うむ。音に聞こえし彼奴の矢を受けてなお生きておるのは、この懐島平太郎景能の他にはおらぬ」
（五郎がずかずかと登場）
俣野平五郎景久（以下、五郎）
「我ならば、その矢もて鎮西八郎に射返し申す」
香川
「景久殿。遅参を悪びれもせで、現れるなり大言壮語。相変わらずにございますな」
太郎
「おぅ五郎、暫くじゃったのぅ」
五郎
「おぅ太郎兄者。道中に大きな山犬の現れし故、これを狩り立て、射止め申した」
太郎
「五郎の弓は兄弟一じゃでのぅ」
五郎
「どやあ」
香川
「それで遅うなられたかっ。事は火急と申しまするに……」
五郎
「まぁまぁ、家政殿の申す火急とは、これであろう？」
（五郎が懐中より一通の書状を取り出し、ぞんざいに広げて示す）
五郎
「俣野の東境にて三浦の者ども騒がしき故、狩り立ててみれば『山犬（強調し、使者の殺害を示唆）』がこれを忍ばせておったわ」
香川
「……いかにも」
（そこへ、次郎が飄然と登場）
豊田平次郎景俊（以下、次郎）
「おお、方々お揃いか。遅参の儀、詫び申す」
香川
「詫びるなら、それに相応しき態度もあろうに、変わりませんな、まったく」
次郎
「急な客人があって、ちともてなしておったら遅れ申した。さ、話を続けられよ」
五郎
「おう、次郎兄者。西の中村党に用心なされぃ。彼奴ら、三浦と東西より襲い来ますぞ」
次郎
「ん？……ん、ん」
（次郎の曖昧な相槌に、三郎がやや不審げな眼差しを向けるが、ここは捨て置く）
五郎
「父祖伝来なる俣野の地、三浦の犬輩になんぞ、指一本触れさせてなるものか！」
（次郎が着座、五郎はまだ立ったまま）
三郎
「……その三浦、中村どもの担ぎ上げしは、豆州の流人・源頼朝。五郎、それを読め」
五郎
「おぅ（咳払いし、以下朗読）
『平朝臣 俣野五郎景久殿。
季節の挨拶……略……
時に、権力を握った平清盛めは出鱈目勝手な政治を行い、人々の苦しみも顧みず、身内ばかりを贔屓して贅沢三昧……とまぁ、ろくでもない大悪人にて候。
（読み進める内、怒りに声や体が震え出す）
よって此度、これを討つため挙兵を計画致し候が、代々にわたり源家の忠実なる家来であるそなたら鎌倉一族にも、これに加わる栄誉を与え候故、急ぎ馳せ参ずるべく申しつけ候……略、略、略……前兵衛“佐”源頼朝』
……何たる増上慢、この『ボン佐』がぁっ！」
（五郎が書状を引き裂いて地面に叩きつけ、地団駄を踏むと、床が揺れて居並ぶ諸将がぐらりと揺れる。三郎のみ微動だにせず）
太郎
「これ五郎、そなたが暴れたら屋敷が崩れる。よさんかっ」
五郎
「おぅ、兄者方……僕、もはや堪忍なりませぬ！」
太郎
「五郎、皆まで申すな。解っておる」
三郎
「左様……我ら鎌倉党は権五郎景正公が末裔なる名門。断じて源家の下風になど立たぬ。何より『天養騒動』の恨み、我ら一族、決して忘れぬ」
五郎
「ボン佐が父・源義朝どもが言いがかりにて、罰当たりにも伊勢神宮へお供えする作物を勝手に刈り取り、海の幸を踏みにじり、神主らに大怪我を負わせ、多くの民を捕らえて奴隷とした、天養元年の濫妨狼藉、断じて許すまじ！」
太郎
「かの時は、父上の財産ことごとく奪い去られし故、幼き我や三郎は、しばらく貧しき暮らしを強いられたものじゃ」
五郎
「それが一時ばかり、やむなく義朝に味方した故『代々忠実な源家相伝の家人』？……大概にせぃ！」
香川
「左様。保元の戦は朝命なればこそ従うたに、平治の戦は義朝らが私闘。従わぬは理の当然ぞ」
太郎（茶化すように）
「かの折も三浦が加担しておったが、此度も変わらんのぅ。三郎、次は不覚をとるでないぞ」
香川（咎めるように）
「景能殿……っ！」
三郎（冷静に過去と向き合いながら、重厚に）
「……かの折、不覚にも三浦に捕らわれ、あわや斬られんところ救われてより二十年来、一族郎党を養えたは相国入道・平清盛さまのお陰。その御恩、山より高く、海より深し」
一同（感じ入って、しばし沈黙）
「うーん……」
太郎（やはり茶化すように）
「それが今や、押しも押されもせぬ東国の後見。何と立派になったこと……いよっ、坂東一！」
五郎
「おう！ボン佐、討たいでか！」
諸将（太郎、次郎、梶原除く）
「「「討つべし！伐つべし！」」」
五郎
「幸い我ら鎌倉党、一騎当千の強者揃い。必ずやボン佐が首級、清盛さまへ献上仕る！」
諸将
「「「おう！」」」
五郎
「三郎兄者（の方へ向き直り、促す）！」
三郎
「……うむ」
※以下、居並ぶ諸将を一人ずつ呼び、呼ばれた者は応答する。
「香川権大夫家政」
「梶原平三郎景時」
「長江平太郎義景」
「長尾新五郎為宗」
「長尾新六郎定景」
「妹婿・波多野右馬允義常」
「娘婿・飯田平五郎家義」
※他、出演者が多ければ鎌倉党の武将を充てる。
五郎
「天養の恨み、今こそ晴らさでおくべきか！よし方々、鬨を上げよ！……えい、えい、えい！」
諸将（三郎、太郎、次郎除く）
「「「おう！」」」
※一同、三度繰り返す。
※武将によって、威勢の良さが異なる（後に頼朝につく者は消極的に）
香川
「うむうむ。誠に頼もしき武者どもよ。然らば、早急に戦支度を……」
次郎
「暫く！」
（一同、驚き次郎に注目）
太郎（不自然に明るく）
「……次郎、そなた、何とした？」
（一呼吸おく）
次郎
「……我は、佐殿にお味方申す」
一同（三郎除く）
「「「？！」」」
※太郎のみ、腕組みをしながら深く頷く。ニヤリと笑いながら。
※先程、消極的だった武将はあまり驚かない。
（暫しの沈黙を破り）
香川
「……のぅ景俊殿。歳のせいか、よう聞こえなんだが、その方、何と？」
次郎
「……我は、佐殿にお味方申す」
五郎
「次郎兄者、気は確かか？戯れでは済まぬぞ！」
次郎
「確かも確か、戯れてもおらぬ……我は、佐殿にお味方申す！」
（一同騒然、五郎が怒りにわななき）
五郎
「よくも吐かした、この鎌倉党の恥晒しが！」
（いきなり抜刀し、次郎に斬りかかる。次郎は前方に回転して躱し、立ち上がるや抜刀して応戦するも、次郎は背後から長尾兄弟に取り押さえられ、五郎は諸将に押し包まれてようやく止められる）
次郎
「うぬら、放せ！」
五郎
「三郎兄者！この恥晒しを斬り捨てるよう、僕にお命じ下され！」
三郎
「……」
太郎
「三郎！……後生じゃ、次郎には我よりよう言うて聞かせる故、命ばかりは……！」
次郎
「放せ！うぬら、聞け！」
香川
「景俊殿。何故、大恩ある清盛公に背き、逆賊たる佐殿に与せんと申されるか」
太郎（嬉しそうに促す）
「次郎、早う申せ」
五郎
「おう！……かの『ボン佐頼朝』を担ぐは百年来の仇敵たる三浦・中村。むざむざ彼奴らに膝を屈するつもりか！」
次郎
「……おぅ、それよ。その三浦だ中村だ鎌倉だ、その狭き了見よ！」
五郎
「あぁ？狭き了見？！」
次郎
「左様……我ら武士はこの百年来、寸土を争うて殺し合い、名を上げ身を立て御家を守り、一族郎党を養うて参った」
太郎
「……うむ」
次郎
「一方、公家どもはどうじゃ。自らの手は血に染めず、我ら武士を地下人なんぞと呼び蔑みて、犬馬が如く引き働かし、我らが殺し合う様を、手を打ち笑うて見るばかり」
五郎
「……何が言いたい」
次郎
「三郎兄者は押しも押されもせぬ東国の後見、坂東八州に無双き勇者。先の三位入道源頼政が謀叛にても、その鎮圧に大功ある身にも関わらず、それに従う郎党の、都へ上るは徒裸足。雨が降れども公家が前では、蓑笠すらも許されぬ」
五郎
「何が言いたいかと訊いておる！」
次郎
「解らぬか！」
五郎
「解らんわ！」
次郎
「……我ら人間ぞ、誇り高き武士ぞ！公家どもが犬働きは、もう沢山じゃ！」
（一同、暫し沈黙）
太郎
「……のぅ次郎。そなたの申し分、解らぬでもないが、それが佐殿に与することと如何に通ずるのか、今一つ合点が行かぬ」
（次郎と五郎が郎党らを振りほどき、抜き身は持ったまま、互いに対面して胡坐。諸将は元へ着座）
次郎
「我はのぅ。清盛殿が初めて内裏へ昇殿叶うた折、大層胸を沸かせたものじゃ……これで武士も人並みに認められ、大手を振って歩ける、とのぅ……しかし、いざ世が改まれば『平家に非ずんば人に非ず』とばかりの傍若無人。畢竟単に、公家が平家に成り代わったばかり」
五郎
「否！禁中が相撲節会、復興せしは清盛様ぞ。そのお陰にて僕は、三年無敗の誉を得たり。これこそ、武士の世の幕開けぞ！……京のボン佐なんぞとは、比べ物にならぬわ！」
次郎
「……話にならぬ！……我は、佐殿に新しき武士の世を賭ける！鎌倉も三浦も中村も、武士が力を合わせ、誇り高く生きて行ける世を、皆で創ろうぞ！」
（再び静まり返るも、失笑など漏れ聞こえる）
香川
「何と愚かな絵空事を……景俊殿。清盛公は日本六十余州に号令する天下人。片や佐殿は、舅の北条一族はじめ、豆州周りの地侍ども掻き集めて、せいぜい百騎。到底勝ち目などございませぬ。どうか、御再考召され」
次郎
「否。実は此度の挙兵、三浦・中村に加えて千葉や上総介らが加勢する風聞もあり、一分の勝ちが見えぬでもない。我は、それに賭ける」
太郎（意を決したように）
「うむ……此度の戦、我ら兄弟を二手に分けるも、一策やも知れんな」
香川
「二手、にございますか」
太郎
「左様。保元・平治の戦においても、各家々が一族を源平半々に分け、いずれが勝つとも御家の存続かなうよう計ろうたであろう。加えて、勝者が敗者を助命できれば、御家の力はより保てよう」
（一同、感嘆の声）
太郎
「そこで、三郎と五郎は当初の通り清盛公へお味方し、我は次郎と共に佐殿へお味方する。これで力の案配はおよそ七分と三分。平家の勝利はまず間違いなかろうが、勝敗は武門の習い。源平いずかた勝とうとて、兄弟互いに助命致す旨をば誓約せん。万に一つの折にも、佐殿への面目は立とう」
（一同、ざわめく）
香川
「……仰せの旨は解り申す。しかし……」
五郎
「納得いかぬ！我ら鎌倉一族、死ぬも生きるも諸共ぞ！」
次郎
「戯け！それが却って危うきこと、解らぬか！」
五郎
「何だと！」
太郎
「鎮まれ、鎮まれ！……（落ち着くのを確かめ）……三郎！後は、惣領たるそなたの旨一つ。さぁ、決められよ」
三郎（咳払い一つ）
「……ん」
（諸将、居住いを正し、次郎と五郎は刀を収め、その場で胡坐から正座に）
三郎
「聞いての通り、我ら兄弟、源平袂を分かつことと相成った。
皆の中には、既に敵方へ通じておる者（※1）、あるいは予てより誼を結んでおる者（※2）も少なくなかろうが……鎌倉一族の絆、それしきの事に揺らぎはせぬ。
誰が何方へ与そうと、敗者は勝者を恃み、勝者は敗者を救え。よいな！」
（※1）顔を太郎に向ける。太郎は首をすくめる仕草で応じる
（※2）顔を次郎に向ける。次郎は首をすくめる仕草で応じる。
一同（例外なく平伏）
「ははあ……っ！」
香川（暫し沈黙の後）
「……さて、議は決しましたな。夕餉の支度は整うておりますぞ（柏手を二回）」
（次郎と五郎は元へ着座）
梶原
「今宵の椀飯、我らが構えており申す。酒・肴の整いますまで、暫しごゆるりと」
太郎
「なれば余興に、誰ぞ舞など舞わぬか、ほれ！」
五郎
「いぃや、舞より相撲じゃ、誰ぞ一番、相手せぇ！」
（五郎が立ち上がって四股を踏むと、諸将一同ひっくり返る）
諸将（三郎、太郎、次郎除く）
「あぁなやーっ！」
太郎、三郎、次郎
「はっはっは……！」
五郎
「いざ、参れ！」
諸将
「「「おう！」」」
（諸将が次々と立ち上がり、五郎に挑みかかっては投げ転がされていく。最後の一人になったら語りが入り、互角の取り組みを演じる。負けた者は、周りに座って囃し立てる）
語り
「かくして、四兄弟はじめ鎌倉一族、源平に分かれ戦うことと相成るも、必ず助け合うとの誓いを立てし最後の晩餐。互いの無事を願いながら、今宵ばかりは心行くまで楽しんだそうな。……話はこれにて終いに候……」
【完】